親鸞聖人750回忌

 昨日は以下に書く行事で疲れたのか、体調不良で、夕食も食べずに8時頃床についた。ブログを書くどころではなかった。

 画像東別院で、「宗祖親鸞聖人 750回御遠忌法要」が4月22日から、25日を除いて、5月1日まで行われた。真宗大谷派名古屋教区の各寺院に、26人の参加要請があった。プログラムを見るとおもしろそうな宗教儀式があるので参加する気になった。本来の信心とは離れた参加なので、親鸞さんから叱られるかも知れない。でも、メーデーへの参加よりも優先したのだから、ほめられるはずだ。

 昨日が最終日で「結願」と言うそうだ。本堂には、300人、いやことによったら500人以上もの信者がびっしり入った。エコノミークラスの飛行機くらいに椅子が詰め込んである。そこに昼食抜きで約4時間いたので体調不良になったかも知れない。
 10時半頃から、ランク別の衣装を着た坊さんが列をなして入場してきた。100人以上だと思った。画像そのあとに雅楽を演奏する僧侶が続く。
 お経が始まった。聞き慣れない経文だ。どのお経も僧侶が力いっぱい声を張り上げる。「親鸞様、私どもは頑張っています」と言わんばかりだ。大きな寺の大きな本堂でだからいいが、ふつうの家でひとりだけの坊さんでもこんな大きな声でお経を読んだら近所迷惑だろう。それに笙(ショウ)・篳篥(シチリキ)・笛や太鼓・鞨鼓(カッコ)・鉦鼓(ショウコ)の伴奏がつく。これがまた絶妙に調和して、ベートーベンの交響曲第九番を聴いているような気分になった。見ている限りでは指揮者はいないが誰かが合図を出しているのだろう。
 お坊さんたちは、3時間に及ぶ間正座したまま大声でお経を読む。たいへんな重労働だ。えらい10人くらいのお坊さんは途中で立ち上がり、仏壇の周りを回って散華する(花びらに見せかけた紙をまく)から、わずかだが立って歩くことはできるがその他大勢の坊さんはずっと座ったまま。大勢だから他人の蔭に隠れて膝を崩すことがあったにしてもずっと座っていることに変わりはない。我々は、狭い椅子席で足腰が痛くなり、お経の途中でトイレへ行き屈伸運動をしたり、歩き回ることはできたがたいへんな仕事だと思った。行事が終わり、立ち上がって退場する際にひとりぐらいは足がしびれて立ち上がることができず、よろめく人があっても不思議ではないがそれはなかった。驚異的だ。エコノミー症候群にならないか心配した。まさに心頭滅却すれば、なのだろうか。
 ふだん読まないお経をふだん読まない方法で読んだり、所作をすることは、僧侶になるあたって既に勉強したことなのだろうか、それともこの行事のために練習したのだろうか。どちらにしてもあれだけの数のお坊さんが一糸乱れず同じ調子でお経を読むことは、昨日今日集まってさぁこのお経を読もう、と言ったところでできるはずはない。
 阿弥陀如来の前でのいくつかの所作を見たいが席からは本堂の大きな柱が邪魔になって見えなかった。終わって外へ出たら本堂前の舞台では舞楽が行われていた。本堂に入れなくて、これだけを見るだけでも別院を訪れたかいがある。
 50年に一度の法要だから次はもう参加できない。
 在家の法要には御仏前を持っていく。少なくても1万はいるだろう。この行事の参加費は千円だった。店で食べたら800円はする昼食が出た。2時半頃に食べた。
 中心の行事の他に子ども対象、坊守(住職の妻)対象、青少年対象のつどいや、音楽法要、記念講演会、座談会、稚児行列、各種の展覧会などが開催された。その内のひとつ「第27回平和展」を見てきた。例年は単独で行われるが今年は大行事の一環として行われていた。今年のテーマは「けされた親鸞聖人」で、戦争の遺品、遺物などが展示してあった。その中で注目したのは「浄土真宗」から「皇道真宗」へというコーナーだ。仏教の教えを捨てて軍国主義に荷担していった反省を示すために「証拠品」の数々を展示してあった。良く保存してあったと感心した。「現代の戦争平和と宗教」のコーナーでは、安全保障法をめぐる新聞論調のうち、「賛成傾向」と「反対傾向」の記事を紹介したり、仏教だけでなく各宗教団体、各宗派、各会の声明の紹介展示もあった。見応えのする展覧会だ。

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